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2010年10月22日 (金)

「シャネル&ストラヴィンスキー」-1日だけでいい、アンナ・ムグラリスになりたい-

2009年はシャネル生誕125周年だったそうで、この年はシャネルの伝記映画が何本か作られた。本作はそのうちの一作。

この映画を見るまで、作曲家ストラヴィンスキーについての知識は皆無だった。名前しか知らなかった。見た今となっては、代表作「春の祭典」をぜひぜひ全編通して聴きたいと思う。シャネルにも、ストラヴィンスキーにも興味津々である。

印象的なシーンをいくつか。経済的に豊かなココ・シャネルが、ストラヴィンスキー一家を自分の別荘に招き、そこで彼が作曲に専念できるように援助するのだが、もともと惹かれあっている二人。ストラヴィンスキーの妻が同じ屋根の下にいるのにもかかわらず、後戻りできない関係になっていく。耐えられなくなった妻は子供を連れて別荘を後にするのだが、そのときシャネルに置手紙を残す。手紙を見つけたシャネルがそれを読み始めると、いつのまにか妻役の女優が、ベッドにこしかけるシャネルの背後に現れる、というホラーのようなシーン。手紙を読んでいるのが最初はアンナ・ムグラリスだったのに、次第に眉毛の薄いエレーナ・モロゾヴァそのものになっていく演出は、妻のシャネルに対する強い嫉妬・憎悪を表わしていて、背筋が凍った。

かわいらしいシーンもある。ストラヴィンスキーがシャネルにピアノを教えてあげて、二人で連弾でひくシーン。そのときのシャネルは映画の中でそのシーンでしか見せない子供のような笑顔を見せる。

ところで、エレーナ・モロゾヴァの剃っているのだが、メイクで消しているのだか、ほとんどない状態の眉毛。そして、その薄い眉の下の大きな「私には何もかもお見通しだよ」という存在感のある瞳。黒澤の「乱」の楓の方を演じる原田美枝子をほうふつさせる恐ろしさだった。

シャネル役のアンナ・ムグラリスほど、シャネルを美しく着こなす人間はいないだろう。「そして、デブノーの森へ」でも惜しげもなく脱いでいたが、彼女は脊椎骨のひとつひとつの形がが皮膚からすけて見えるほど、痩せている。これくらいのスタイルじゃないとシャネルは着れないのかな・・・もし1日だけアンナ・ムグラリスとして生活できるチケットが当たったら、私はこの映画の彼女のように、シャネルのドレスを着て、冷たい目で周囲の男たちを睨みつけるだろう。

髪ぼさぼさで、スッピンに近い状態でだみ声でしゃべるムグラリスをDVDのメイキングで見ていると、「あ、椿鬼奴だ」と思った。そう思ってもう一度映画を見ると、やはり、奴さんだった。口元に注目していると、奴さんとムグラリス、かぶっている、と発見した。

圭子

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