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2010年12月31日 (金)

「恋におちて」-若いころの親を見るような感覚-

本作で演じている頃の主演デニーロとメリル・ストリープは、現在の私の年齢よりも若い。

自分よりも若い年齢のデニーロは、現在の彼の姿を見慣れた私にとって、新鮮だった。若い息子二人と、奥さんと共に平和な家族を営むサラリーマンのデニーロ、なんて今では見ることのできない姿。メロドラマを普通に演じている、今では「怪演俳優」で有名なデニーロは、見ものだ。

メリル・ストリープも、この映画のときは30代。今でいう、「鈴木京香」あたりがやりそうな役柄をしおらしく演じている。こんなに普通にきれいなメリル・ストリープもまた、新鮮だった。

自分よりもかなり年上の俳優たちのうら若き頃の姿を見て、まるで、両親の私よりも若いころにとった写真を見るような、気恥ずかしさを覚えた。若い二人は本当にロマンティックな美しさをたたえていた。

ニューヨーク郊外からマンハッタンのグランドセントラル駅に向かう通勤電車の中で偶然に出会い、その後もさらなる偶然が続いて、次第にお互いに恋していることに気づく二人。この通勤電車だが、日本の、特に東京都心の通勤電車とは比べ物にならない優雅さ。立っている人はほとんどいない!みんなゆったりとした新幹線のような座席でくつろいでいる・・・ 日本の通勤地獄の中では「偶然の出会い」「恋の始まり」は、多分、絶対、発生しないであろう、とため息が出た。この映画の設定だと、Westchester郡 からグランドセントラル駅に向かう電車のようだが、同じように郊外からマンハッタンに向かう通勤電車に一度だけ朝乗ったことがあった。そのときは、この映画とは路線が違うが、ロングアイランドからマンハッタンに向かう電車に乗った。ロングアイランドに住むアメリカ人の友達の家に夏に遊びに行って、彼女がマンハッタンに出勤するときに一緒に家を出て通勤電車に乗って私も町に出た時だ。この映画と同様「あ、日本の通勤状態と全然違う!普通に息ができる!」と感動したものだ。都心の朝・夜の通勤電車でも、恋が生まれるような環境を作ってもらいたいものだ。現状は、生まれるものは「不快感」くらいだ・・・

本作の中で、メリルとデニーロに決定的な「運命」をもたらす場所は、Rizzoliという書店だ。この雰囲気のかなりよい本屋は名前もそのまま、実在の書店らしい。アーティスティックな本が多いようで、一度は行ってみたい本屋さん。ああ、いろいろな場所で、恋の予感を感じるニューヨーク。

既婚者のデニーロ(フランク)とメリル(モリー)は、それぞれの結婚生活には特に問題はなかったのだが、偶然の再会が重なり、お互いを愛していることに気づいてしまい、苦しい思いをする。息が苦しくなるような恋を疑似体験できるので、いろいろな意味で新鮮な映画だ。とにかく二人が若い。恋愛って素晴らしい!

なお、このような80年代の映画をあえて今見る機会があったのは、TSUTAYAさんが「昔の映画を見よう!」みたいなコーナーを最近設けているから。そのコーナーには数々の、自分自身が中学・高校の「人生のわけもわからない頃」に公開された映画をたくさん置いている。今、いろいろな経験を経て、その頃の映画が心にしみる年頃になった。これからも名作をたくさん見ていきたい。

圭子

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