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2010年12月19日 (日)

「デーヴ」-セリフ量がちょうどいい-

1993年アメリカ映画の「デーヴ」を見た。最近TSUTAYAさんで、昔の名作をもう一度見よう!みたいなセクションを設けてくれて、そこに置いてある80年代、90年代作品を片っ端から見ている私だが、本当にしみじみ思う。昔の映画って落ち着いて見ることができる。疲れない。

渋谷あたりを歩く女子高生の会話を耳にすることがある。ものすごい早口。電車の中の若者も、昔では考えられないくらいのスピードで話している。なぜ若い子たちは早口で話すのだろう?素人考えの推測では、現在は10年前、20年前に比べたら、情報量が圧倒的に多い。恐ろしい量のい情報をさばきながら会話するにあたって、昔の人のようなスピードで話していたら、時間が足りないからなのかもしれない。

というわけで、「デーヴ」だ。大統領のそっくりさんのデーヴは大統領の替え玉として雇われる。そうこうしているうちに、本当の大統領は秘書(なんとローラ・リニーが、この結構どうでもいい役を演じている。下積み時代はなんでもやってたんですね)と不適切な行為をしている最中に脳卒中になり、社会の混乱を避けるため、デーヴはホワイトハウスに住みこみ、もうしばらく影武者生活を続けていくことに。そして、彼は、徐々に「政治」という世界に惹かれていく・・・というファンタジー的なお話。

セリフまわしが最近の映画に比べゆっくりかつ量も手ごろなので、ゆったりした気持ちで見ることができる。ちょっと「子供向け?」と思うほどの穏やかさだ。各役の人間関係もシンプルで、そこには「ちょっと精神的に異常性があり、普段はいい人だけど、夜になるとストーカーになる」みたいな異常キャラは全くいない。すごくいい人と、いい人を最初は遠巻きに見ているが、だんだんとそのいい人に惹かれていく周りの人たち、いい人を邪魔者扱いする悪者、と、誰でも理解できるシンプルな構成。

先日レビューで書いた「素晴らしき哉、人生!」(1940年代作品)もそうだが、昔の映画の中の人間関係はいたってシンプルだ。もしかしたらインターネットとかメールとか、現在私達が「便利だなあ」と思っているツールが生まれてしまったから、どんどん私達の生活や人との付き合い方が複雑になり、シンプルでのどかな生活がしづらくなってしまったのかもしれない。このようなツールに飲み込まれないように、ときどきは昔ながらの感覚を思い出さないといけない。本を読む、とか、美術館に行く、とか友達と実際に会って、話す、とか。

デーヴ役のケビン・クライン。私達(アラフォー、と言っておきます)世代なら皆覚えているだろうが、中学青春時代のアイドルにフィービー・ケイツという愛らしい女優がいた。フィービーは1989年に16歳年上のこのケビン・クラインと結婚して、今は女優引退状態のようだ。なんとなく、感慨深い。中学の頃、彼女(そして、ソフィー・マルソーやブルック・シールズなど)が表紙を飾った「ロードショー」や「スクリーン」といった映画雑誌をむさぼるように読んだ、田舎の映画大好き娘だった私は、40歳を過ぎて、フィービーの旦那さんの映画を見て、感動している。

圭子

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