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2011年2月23日 (水)

「JUNO/ジュノ」-ふてぶてしいまでの貫録-

この映画はアメリカという異文化を学ぶ上で非常に役に立つ。映画だから大げさに描いているのか、「いやいや。これが現代のアメリカの姿だよ」というのかは、いつか北米の人と話す機会があれば検証したい。今回はこの映画が描く世界が「アメリカの現実」なら、と仮定してレビューしたい。

主人公ジュノは16歳。高校生だ。バンド仲間のポーリーとの一回のセックスで、想定外の妊娠をしてしまう。まず、この設定で「コミカル」な映画(やドラマ)を作る土壌は日本にはない。妊娠した少女は嘆き悲しみ、少女の親は彼女を怒鳴りつけ、「馬鹿やろう!どこの馬の骨だ父親は!?」と、相手の男の家に怒鳴り込みに行くだろう。ギャグの入り込む隙はない。16歳で妊娠したら、本人も周りもまずは冷静ではいられないだろう。

ところが、ジュノやジュノを取り巻く世界は衝撃的なほど冷静だ。ジュノも親友も「ま、しゃーないわな。どう動くかちょっと考えてみようぜ」という大人びたスタンスを取る。ジュノの両親(母親は継母)も、「薬物中毒やら誰かを車でひいちゃった訳じゃないしね」とほっこりしている。ポーリーもやや当惑しているが、あっけらかんと普通に陸上部みたいなクラブでトレーニングに励む毎日だ。

上記のように、一番「文化が違う」と感じたのは、この「非常時に対する冷静な態度を取れる人々」だ。多分、ジュノはこのシチュエーションで「どうしよ~!どうしよ~!」と焦る姿を人には絶対見せたくないのだろう。焦りを他人にもろ見えにさせるのを嫌う文化なのかもしれない。

誰とでも大人の態度で話すジュノ、そして大人たちもジュノを大人扱いすることにも、異文化を感じた。生まれてくる赤ちゃんを養子として迎える予定の子供ができない若夫婦との会話がおもしろい。ジュノに全く恥じらいはない。「うん。あんたたちなら(腹の子を)任せられる。よろしく頼む」という意志を決めたのはジュノの親でもなく、ジュノ自身だ。養子縁組成立後もしょっちゅう彼らを訪問し、夫の方とは特に仲良くなる。この二人、出会った途端に趣味のギターでジャムを始め、二人で奏でるのがHole の「ドール・パーツ」、というのが渋すぎる。この曲大好きだ。(それにしても、ジュノの音楽の嗜好が格好よすぎてたまらない。私も18歳の頃ストゥージズに出会い、かなりはまったが、16歳とは、参ったよ、ジュノ。)

何でもかんでも冷静に実利的に決定し、自分の人生をどっしりとした態度で突き進むジュノに憧れすら感じた。(私はジュノの親だとしてもおかしくない年齢だ・・・) ただ、劇中一回だけ取り乱した彼女(ものすごくお腹も大きくなった頃、ポーリーがいけ好かない女子とプロムに行くことを知った時だ)にも、人間臭くて魅力を感じた。

高校生が、あまり深く後先を考えず、避妊なしでセックスをすることはどう考えてもダメなこと。しかし、失敗を単に後悔だけで終えず、「じゃあ今できるベストな方法はなんだろう?」と起動修正して、周りも普通に「失敗した人」を応援する環境は、魅力的だと感じた。日本という国は一度失敗したら立ち直りづらい土壌があるような気が、個人的にする。そしてそういう環境はあまり好きではない。

主役のエレン・ペイジのややふてぶてしい表情のDVDジャケットが苦手で、長い間この映画を見る機会を失っていた。見た今、おでこのでっぱったふけ顔のペイジに夢中だ。

圭子

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