« Why don't we go to see SAKURA and not to think of "jishuku" too much!? | トップページ | 余震を避けつつ調理ディナー »

2011年4月11日 (月)

「悪人」-ずっと役者をやっていくライセンスを得た妻夫木君-

閉鎖的な地方都市での行き場のない男女。本作で、妻夫木聡は整形したのかと思えるほどに、別人の顔で祐一を演じている。深津絵里も、そばかす丸だしで、スッピンに近い状態で「罪と罰」のソーニャのような慈愛の演技で光代になりきる。

見終わった時の第一印象は「救いようがない・・・」の一言だった。ラストの灯台のシーンがあっても、私は立ち直れない。落ち込んだ。一生忘れられない映画だ。妻夫木君は本作で、「一生役者をやっていく『ライセンス』」をもらったはずだ、映画の神様から。

妻夫木君の「ジョゼ虎」でのつるつるほっぺの愛らしさは本作では無い。あるのは、全身で表した弱さ、やるせなさ、行き詰まり感だ。パンツ一丁でお風呂に向かうシーンの姿勢の悪さ、そして情けなさそうな顔。このシーンでは、顔だけではなく、体全体で祐一の悲しさを伝えている。健康そうに見えた、元気そうに見えた妻夫木君には、本当は罪深い過去があるのではないか?と思ってしまうほど、恐ろしいシーンだった。

対する深津も、恐ろしいまでの表現力を発揮する。決して「横浜市青葉区」では買うことができないような、一昔前のタイプの生クリームタップリの大きめなピースの安そうなケーキを頬張るシーン。あの疲れ切った閉塞感一杯の顔で、黙々とケーキを口に押し込む深津の顔は、「一般の疲れ切ったOL」の顔だ。女優の顔ではない。彼女のこのシーンは一番恐ろしかった。(もう一つの印象的なシーンは、紳士服店で試着する客の裸足の足をじっと見る光代のシーンだ。あのシーンをどう分析するかは見る人によって違うかもしれないが、私は孤独な彼女が自分の中の性欲をうすらぼんやりと意識した瞬間を表現したのではないか、と分析する。「男の人の足(靴下を脱いだところ)なんて最近見てないな、この人私の『彼氏』だったら、もしくは『夫』だったらどんな感じなんだろうな?」と数秒の間無意識に妄想したのでなないだろうか・・・そしてその妄想は客の嫁の暴力的な出現で空中にかき消される・・・)

救いようのなさ、と言えばラース・フォン・トリアー監督作品だが、彼に「悪人」のリメイクをしていただきたい、そして、もしリメイクが実現したら、ぜひぜひ見たい!舞台は天気悪そうなヨーロッパの片田舎。純真無垢な瞳をした女優と、決して殺人者には見えない善良そうな俳優を使って。しかし、本作のように、希望的な夕日の中での主役2人の微笑み部分はカットして、「つらさ」「痛み」だけを残す形でお願いします!すごく怖いけど、見てみたい・・・

圭子

|

« Why don't we go to see SAKURA and not to think of "jishuku" too much!? | トップページ | 余震を避けつつ調理ディナー »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「悪人」-ずっと役者をやっていくライセンスを得た妻夫木君-:

« Why don't we go to see SAKURA and not to think of "jishuku" too much!? | トップページ | 余震を避けつつ調理ディナー »