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2011年5月 9日 (月)

「わたしの可愛い人 シェリ」-あの人は振り返らず立ち去った・・・でも私はこれからも、生きていく-

ミシェル・ファイファーがベルエポックの時代のパリを舞台に、40代の元高級娼婦レアを演じる。レアは、自分の息子でもおかしくないほどの年下の甘えん坊でわがままで、生意気で、美しすぎる青年シェリと甘い生活を送る、6年も!だが、そんなシェリが結婚することになり、そこからの話がこの映画のメインだ。

若いシェリは自分よりももっと若い嫁を娶る。だが、レアとの甘い関係を忘れられないシェリの心は揺れ動く。そして、心にぽっかりと穴があきつつも、持ち前の気高さで美しく社交につとめ、保養地ビアリッツでいい男ハンティングしながらも、シェリではないと心の隙間を埋められないことを痛いほど知るレア。

「危険な関係」のときもそうだが、ミシェル・ファイファーは時代劇ドレスが本当に似合う。40代の元高級娼婦のセンスのある、頭もよくて色気のある役にものすごくはまっている。それにしても彼女が50代だということが信じがたい。 「恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」のころと変わらない体型・・・

対するシェリを演じるルパート・フレンドもなまめかしい美しさで、ああ、こういう男に「Kiss me.」とまっすぐ面と向かって言われたいものだ、1週間後にこっぴどく傷つけられてボロボロになってもいいから・・・と思わせるタイプだ。(どういうタイプだ!?)ちなみにルパート・フレンドのお髭姿は「ヴィクトリア女王 世紀の愛」でのアルバート公役で楽しめる。この人もコスチューム映画にぴったりの古典的な顔立ちをしている。

この映画のように、年齢差のある女性と男性だけではない。恋愛関係で、突然燃えるような恋がさめてしまい、相手のことを「宝石だと思っていたのに単なる石ころ」に見えてしまうことは、よくあることだ。そしてそうなってしまうと、もう元には戻らず、急速に愛が終わってしまう。この「宝石→石ころ現象」は男・女のどちらから始まるか予想もつかない。心は制御できないものだ。

いったんレアと別れ、それでもどうしても彼女を忘れられずに夜中に彼女の屋敷を訪れるシェリ。レアはそれまで強がった生活をして自分をなんとかしゃんと立たせていた気力がなくなり、自分の元へ舞い戻った最愛の男にメロメロになる。そうなってしまうと今度は冷静になるのはシェリの番だ。ああ、愛ってめんどうくさい。仕事や勉強とは違い、段取り通りには絶対にいかないのだ。

原作のコレットの「シェリ」を読みたいと強く思った。コレットの時代の実在の高級娼婦に「ラ・ベル・オテロ」がいる。彼女のことは桐生操の「世界悪女大全」(文春文庫)に詳しい。びっくりするほど細いウェストのオテロの写真もその本に載っている。ヨーロッパの貴族を虜にしたオテロ。ルックスの魅力だけではなかったはずだ。

この映画を見ていて、女にはレアの召使いローズのような、自分の過去も現在も心の中身も全て理解してくれて、味方でいてくれる人がそばにいたら、どんなことがあっても生きていけるのかもしれない、と思った。朝から晩までつかず離れず世話を焼いてくれ、最愛の男を失って、もう生きていけないわ、と涙でおぼれそうになっても、温かい飲み物をベッドに運んでくれる理解者がいれば、生きていけるのではないだろうか、と本気で思った。

圭子

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