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2011年7月12日 (火)

「海を飛ぶ夢」-あまりにも自然な、禿頭-

昨年、一週間入院した。ある内臓にたまっていた良性の腫瘍を取り除く手術を受けた。手術後病院で過ごす中、何日間は自分では何もできず、ベッドに寝たきりだった。自力でトイレにも行けないから管で尿をとり、術後の痛みがひどいときはナースコールで看護師を呼んで座薬を入れてもらった。全く動けない時期は短かったが、それでも「人の世話にならないと生きられない」という感覚は学んだし、非常なストレス(申し訳ない気分、情けない気分、プライバシーを奪われた気分、健康に問題のない人をうらやむ気分)にさいなまれた。

本作の主人公ラモンは若い頃海に飛び込んだときに首を折り、そこから26年間首から下が不随の状態で生きている。兄家族の献身的な介護のもと、詩を書いたり(手足は麻痺しているので、口にペンをくわえて紙に書き、甥がパソコンで清書する)、クラッシックを聞いたりして生きている。望みは、「命を絶つこと」だ。

手も足も自由にならないのだから、自分の力だけでは死ねない。誰かに介助してもらって死ぬことを国に法的に認めてもらうために努力をするラモン。そこに関わる、尊厳死を支援する団体のジェネ、無料で弁護を買って出る美人弁護士フリア、テレビでラモンを見て以来彼のことを好きになるロサ、など、ラモンの周りには魅力的な女性が集まる。50代をまるで本当に50代なのかと思わせるリアルさで演じるハビエル・バルデム。禿げた頭、目つき、しゃべり方、が自然すぎて、彼を知らない人が見たら「この俳優はこういう人なんだ」と思うだろう。この映画の頃30代半ばのバルデムだが、特殊メークに負けていない。(「コレラの時代の愛」でも感じた。バルデムは老人役を演じるときに、あまりにも自然だ。)

主人公ラモンが一番生き生きとする瞬間が、死ぬ権利を得るための裁判に勝つため、様々な準備をするときだ。兄の家から出ない生活が長かったが、裁判のためには町に出ないといけない。家族にいろいろ指示を出して車椅子を加工したり、と生き生きと振る舞うシーンではバックにかかる音楽もアップテンポだ。

忘れられないシーンがある。甥のハビが年老いたお爺さんのことを「役立たずだ」と愚痴ったとき、ラモンは「お前はその言葉をいつか死ぬほど後悔するだろう」といったセリフを言う。若いハビには想像もつかないのだ。自分もいつか年をとることを。年をとると、どんどん職場で自分より若い世代の先輩たちに、指導を受けたりする機会が増える。若い世代の人に「なんでこんなこともできないの?」的態度をとられたときに、人は、はたと気づく。これは、20年前に自分が周りの年配の同僚にとった態度なのかもしれない、と。しっぺ返しを受けるのだ、人を傷つけると。ラモンの言葉は真実なのだ。

想像の中でラモンはベッドから起き上がり、窓から飛び出し、丘を越え森を越え海へと飛ぶ。自分の運命を大きく変えた海に向かい、自由に、飛ぶ。

圭子

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