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2011年7月 5日 (火)

「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」-ただ、手を握ることしかできない-

上流階級に生まれ、「仕事」というものをする必要のない立場の大人は、男も女も恋愛と噂話くらいしかすることがない。フランスの宮廷にうごめく愛と嫉妬の世界を描いたラクロの「危険な関係」しかり。恋愛に対する心の比重が大きくなるのも無理がない。

本作は1870年代ニューヨークの社交界が舞台だ。主人公ニューランド・アーチャー(王子様のように美しい若きダニエル・デイ・ルイスがなまめかしく好演)は「弁護士」という職業の割には仕事をしているシーンはあまりない。優雅に頻繁にオペラや舞踏会に顔をみせる青年だ。婚約者のメイ(バラのように美しいウィノナ・ライダー)とともに社交界に生きる。そこに現れるのがメイのいとこで、ヨーロッパの伯爵家に嫁いだエレン(「危険な関係」のときと優雅な雰囲気がかぶるミシェル・ファイファー)だ。

ヨーロッパでの結婚は破綻しているが当時の保守的な社交界の中で「バツイチ」になるのは簡単ではない。エレンは古巣のアメリカに帰国中だが離婚もままならず、(精神的に)孤独で宙ぶらりんの状態だ。

ニューランドとエレンが惹かれあうようになるのは時間の問題であり、まわりの社交界のメンバー(メイを含む)も、あえて見て見ぬ振りをするのだが、その冷たい傍観(決して二人の愛を認めるわけではない)ぶりが、現代の自由な国アメリカのイメージとは違いすぎて、ホラーのような恐怖さえ感じた。

ニューランドとエレンがうまくいくことはまずないだろう、と全編を通して暗示させられる。二人にできることは、唯一二人きりになれる馬車の小さな座席の中で手袋をはずして直に手を触り合うことくらいだ。

どうしても、どんなに望んでも一緒になれない、という現実は、人に最高の恋を味合わせるのかもしれない。逆に言うと、何の障害もない関係に、ニューランドとエレンが馬車の中で味わったような高まる感情など期待できないに違いない。そういう意味では、彼らは世界の誰よりも幸せだったに違いない。

メイ役のウィノナはこの世のものとは思えない可憐さだ。しかし、メイの笑顔は後半般若のようにも見える。美しいが、恐ろしい表情だ。本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされている。「事件」があったにも関わらず、ウィノナはコンスタントに数々の作品に出ている。最近NHKの「江~姫たちの戦国~」で茶々(淀殿)を演じている凛とした美しさの宮沢りえを見ていると、なぜかウィノナを連想してしまう。過去にいろいろあっても、強く美しく復活して、プロとして仕事をしている彼女たちが、うらやましいほど輝いているから。比較的最近の彼女の出演している作品に「50歳の恋愛白書」がある。ダニエル・デイ・ルイスの嫁さんのレベッカ・ミラーが監督をしている作品だ。ウィノナ・ライダー。彼女が年を重ねていく姿を、同世代を生きるファンとして追っていきたい。

圭子

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