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2011年8月 7日 (日)

「ロード・ジム」-Juzo Itami を追いかけて-

新潮文庫の「女たちよ!」と「ヨーロッパ退屈日記」は私のバイブルだ。どちらももともと昭和43年に刊行されたエッセイ本で、伊丹十三の書籍だが、新潮文庫から平成17年に発行された文庫の方を私は愛読している。自分が生まれた年に書かれた本だが、21世紀の今読んでも新鮮で、内容的にも「自分が生まれた頃の日本で、このような知識を持っていたグローバル感覚満点の若き伊丹十三って、すごすぎる」と驚愕する。どのスーパーにも今では普通にイタリア産のオリーブオイルやアンチョビなどの食材が置いているが、昭和40年代の日本では、状況は今とは全然違ったであろう。そんな時代に、伊丹は本格的なパスタソースの作り方をさらっと紹介したり、「シャルル・ジュールダン」の靴の魅力を紹介したりしている。当時ヨーロッパ滞在経験もあり、子供の頃から英才教育を受けていた伊丹ならではの知的で、おしゃれで、正真正銘の情報が満載のこれらの二冊の中で、たびたび彼と俳優ピーター・オトゥールとのやり取りが書かれている。彼らは映画「ロード・ジム」で共演しているのだ。

「ヨーロッパ退屈日記」には、伊丹が「ロード・ジム」のスクリーン・テストをロンドンで受けた当時の模様が克明に書かれている。テストに受かり、お祝いに、霧のロンドンの中ロータス・エランを注文に行ったことも、書かれている。「ロード・ジム」は1965年の映画だ。ということは、当時の伊丹は30代前半。知り合いのキャスティング・ディレクターに紹介されてこの映画のテストを受けにロンドンに飛んだという。今、多くの日本人俳優がハリウッドの名作に出演しているが、これは、40年以上前の話だ。最高にクールな話だ。

「ロード・ジム」というタイトルだけで、勝手にイギリス貴族の「ジム卿」という人の話か?と思っていたが、想像は全く外れた。若き船員ジム(ピーター・オトゥール)は、一度船でけがをして、入院のため船を降り治療する。復帰後乗った船パトナ号において、船が沈みかけ、多くのイスラム教信者船客を残したまま、自分と船長たちのかぎられたメンバーだけボートに乗って、逃げた。船と客を見捨てて逃げたのだ。

その罪を認め、彼は船員の資格をはく奪される。それからは罪の意識を抱えつつ、各地の港で流れ者ののように働き、最終的に東南アジアの村にたどり着く。白人に支配された村の村長の息子を若き伊丹が無国籍な風貌かつ美しい英語で演じる。

映画の中で、国籍が違う俳優としての浮いた感はまったくない。引き締まった体(上半身はほぼずっと裸)、浅黒い皮膚感。「伊丹十三」を意識することなく、「正義感に満ちた村長の息子」としての彼を見ることができる。かなり主要な役だ。単なる脇役、ではない。

主演のオトゥールに関して、伊丹の「女たちよ!」の中で、彼のアイリッシュとしてのバックグラウンドが書かれている。先日見た「麦の穂をゆらす風」でも扱われていたテーマだが、アイルランドは、イングランドによる支配下のもと、かなり圧迫されていた歴史がある。そのあたりの話を伊丹とオトゥールとの会話の様子をまじえて書いていて、非常に興味深い。

ジムの抱える、「過去の罪はどうしたら償えるのか。もう一度、やり直すことはできるのか」という苦悩、そして、苦悩するだけではなく、最大限努力して、痛めつけられている村人を救うべく戦う、「偉いお方(Lord)、ジム」。ピーター・オトゥールの瞳はCGのように青く、美しい。

圭子

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