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2011年8月19日 (金)

「善き人のためのソナタ」-人は、尊い、いつの世も。-

ベルリンの壁が壊され、ブランデンブルク門の上に人が群がっているニュースを、学生のころ友達とテレビを見ながら「すげ~!」と見ていた。ドイツの歴史に対する深い理解はなく、「なんとなく幸せ」な気持ちで喜んでいた。当の本人たち(東で苦しんでいた人たち)の人生がこの映画の登場人物の人生のように、過酷なものだったなど、想像もできず、ただビールを飲んで乾杯していた。本作は、1980年代の東ドイツにおける、生活の一部始終を監視される者、そして監視する者を描いた、緊張感溢れる物語だ。

緊張感溢れる中にも、自由を失われても、熱く芸術論を戦わせる芸術家たちの生き生きした姿、ブレヒトを読んで心に変化が生まれる「監視する側」の男の姿、演じることを続けるためなら文字通り何だってする、人間臭い女の姿を鮮やかに描き、どんな時代でも、どんな環境でも、やはり人間とは尊いものだと感じた。

この映画は閉鎖的で暗黒の時代の東ドイツを舞台にしているが、人間の本当の美しさや強さを描いている。精一杯生きようとしている姿だ。制約された世界だろうが、劇作家ドライマンの住むアパートの、うらやましいほどの洗練のされ方。壁には何やら変わった飾りがかかっているし、誕生日パーティには天井にかわいらしい切り紙の飾りをいくつもつける。負けてたまるか、この状況に、という気持ちが見えてくる。

本作の原題は「Das Leben der Anderen 」。「他人の人生」「他人の生活」という意味だろうか。シュタージに属するヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、「他人」である劇作家ドライマン(アントニオ・バンデラスから色気を若干マイナスして、生真面目さをプラスしたような風貌の俳優、セバスチャン・コッホが演じる)の24時間を盗聴し、監視しているうちに、「自分の人生」が徐々に変化していく。だが、今回は邦題を原題の直訳ではなく、「善き人のためのソナタ」にして、本当に良かったと思う。「ソナタ」に関するエピソードは作品の中であまり重要には描かれないが、この美しいタイトルの方が、優しいエンディングの本作にぴったりだと私は感じる。

重厚な雰囲気の歴史ものなので、監督は年配者かと思ったら、まだ30代の監督だと知り、おそれいった。東西統一されたころまだ子供であっただろう監督。彼の新作はジョニー。デップとアンジェリーナ・ジョリー共演の「ツーリスト」とのこと。いろいろ今後もしでかしてくれそうな注目株だ。

ストーリーの本筋とはあまり関係ないのだが、印象的なシーンがある。ドライマンが友人の演出家のイェルスカという男性を訪ねて行ったとき、迎えたイェルスカが彼をお酒でもてなす場面がある。その際、イェルスカがワインのような(いや、色が薄いのでカルバドス的なお酒かもしれない)お酒のボトルを持ち、二つのグラスに注ぐのだが、その時の彼の「肩・ひじ・腕・手」が一直線になり、それがテーブルの面と平行であった。なお、一滴もこぼさずに注いだであろうそのスムーズさ加減に、「ワインの国の人だ」と強く感じた。日本の映画で、このように、普段着でお酒を飲むシーンで普通の人が普通にお酒をグラスに注ぐシーンを撮って、これほどスムーズに、滑らかにことを進めることができる俳優はいないかもしれない、そして、飲食業のプロの世界でも(たとえばレストランで空になったグラスにワインをついでもらうときも)、こんなに上手に注げる人はいないかもしれない。あまりの美しいしぐさに、ヨーロッパ社会の、「酒の文化」の奥深さを感じでしまった。

ウルリッヒ・ミューエを見ていて、「昔どこかで見た」と感じた。あ、親愛なるハネケ兄貴の「ファニーゲーム」だ。そうだ。「ファニーゲーム」で不気味な二人組にいたぶられていたお父さん役だ。後で知ったことが2つある。「ファニーゲーム」で彼の妻役(アメリカ版「ファニーゲーム」でナオミ・ワッツが演じていた役)は、ミューエの実の妻である女優スザンヌ・ロターヌが演じていたこと。そして、ミューエは本作の後、癌で亡くなったことだ。「ファニーゲーム」も本作も見ていてつらくなる(前者は後味最悪だが、後者は最後に「光」がさすが。)映画だ。この見事な俳優の、他のタイプの映画がもっと見たいと思った矢先に知った、残念な事実だ。

かなり濃い内容なのだが、あえてそうしたのか、映画の終わり方は上品な京料理のようなあっさりさだ。しかし、見た翌日通勤電車でヴィースラーの最後のセリフと表情を思いだし、涙がでてきた。そういう映画なのだ。

圭子

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