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2011年10月23日 (日)

「愛のむきだし」-コリント書第13章の長回しシーンにおける満島ひかりの神々しさ-

レンタルDVDは2枚にわたる。そして、この映画は全体で237分もある。なのに、この疾走感はなんなんだ!気が緩む瞬間はなく、あっと言う間の4時間だった。見終わった後の満足感、そして「また最初に戻って見直したい」感と言ったらたまらない。

中心人物は以下の3人だ。

①カトリックの家に生まれたユウ(AAAの西島君、さわやかに好演)

②女癖の悪い父親に、性的虐待をうけた経験のあるヨーコ(満島ひかり、神がかりの演技)

③聖職者の父(板尾さん!)に「お前はイヤラシイ悪い娘だ!」と言葉の暴力、そして肉体的暴力も受けて育った、現在新興宗教団体の幹部、コイケ(安藤サクラ、今後が楽しみ)

ユウは神父である父親の精神状態に振り回され、「罪を作り、懺悔して父親=神父に許される」という異常な日課をこなすために、必死で女たちの股間を盗撮し、嬉々として罪を作る。そんなユウが、運命のマリア様ヨーコと出会う。そして新興宗教団体「ゼロ」の一員コイケとも接点を持ち、私たちは想像を絶するラストまで、まっしぐらに引っ張られていく。

ドロドロしたストーリーだ。「盗撮」、「パンチラ」、「性的虐待」、「洗脳」、「勃起」、と扱われる内容も、濃い。そして、見るものを怪しい気分にさせる「ゆらゆら帝国」の旋律。なのに、見ていて不快感も感じず、むしろすがすがしさすら感じるのは、主演の西島君の透き通る瞳があるからではないだろうか?ユウの役を彼以外の人が演じていたら、こんなにも気持ちのいい作品にはなっていなかたかもしれない。さすがトリプル・エーだ。アクロバティックな盗撮アクションシーンの華麗なこと。盗撮すらが、「芸術」に見えてしまうほどの美しい体の動きだ。

父親に虐待を受け、「男は皆、敵だ」という精神になり、次第にレズビアンにもなっていくヨーコ。自分を傷つけ続けた父親が脳梗塞で倒れたとき、彼のペニスを切り落とすコイケ。「普通」の家庭に育つことのできた人には理解不能かもしれないが、私にとっては、ある意味この二人(そして、懺悔するために罪を犯すユウも)の生き方がわからないでもない。私自身、母親に精神的な虐待を受け続けた経験があり、いまだに年上の女の人が苦手で、女性の人から何か高圧的な言動をされると「母の亡霊」を見ることがある。親の影響で何か偏った感覚を持つようになってしまった人にとっては、ユウ、ヨーコ、コイケは(もちろん、extreme な例ではあるが)、それほど遠い存在ではない、と感じるかもしれない。(だからこそ、ラストのすがすがしさにはシャンパンを開けたくなるほどの高揚感を感じるのだ!)

本作で、初めて安藤サクラを知った。奥田瑛二と安藤和津の二世であることは、後からわかった。そう思って顔を見ると、和津さんの目をしていて、奥田瑛二の「意志のある鼻」を持っている。この人の、狂気の表情がたまらなくて、決して、美人さんではないのだが、目を離すことのできないすさまじい魅力を感じた。劇中ではミンティアガールみたいな恰好(新興宗教団体「ゼロ」のユニフォームか?)をしている安藤サクラ。今後もどんな彼女をスクリーンで見ることができるか、楽しみだ。

終盤でのコリント書第13章を暗誦する満島ひかりの長い長いシーンに、「ああ。この人は俳優という天職を神様にもらったんだな」と確証した。ものすごい形相で涙を流しながら、興奮して自分の思いを「むきだし」にするヨーコ。穏やかなベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章が流れる中、私たちは「愛」についてまた、考えるチャンスを得る。

圭子

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