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2012年1月 3日 (火)

「吉原炎上」V.S.「川の底からこんにちは」-開き直る女が一番強い-

名取裕子。以前、恵比寿で犬を散歩させているところを目撃した。花があった。かっこよかった。現在50代半ば。今もきれいな名取。本作「吉原炎上」は彼女が三十歳くらいの頃の映画である。明治の終わりの頃の話。親の借金の肩代わりに吉原に売られてきた18歳の久乃を名取が演じる。不本意な人生だったはずが、途中から、「私は女郎だ。で、なんか文句ある?」と開き直ってギンギラギンに強くなり、最終的には花魁道中(花のある名取なので、ばっちり。他の誰にもできない、あのシーン)までのし上がる。

一体どのタイミングで久乃(名前はデビュー時の「若汐」からお職時「紫」に変わる)が開き直ったのか。それは、大好きなパトロン古島(恐ろしいほどのイケメンの根津甚八。今の俳優にこんなきれいな人、いないぞ!)から「君はいつから心まで娼婦になってしまったんだ!」と批判されたときだと思われる。遊郭のトップのお職になったとき、お披露目用の布団を置くために先輩花魁(現在病気でお休み中)の西川峰子(演じる「小花」!布団の中での血を吐きながらの名シーンは、何度見ても衝撃的。西川峰子も本気ですごい。)の部屋を使っていたら、怒った西川にその部屋に籠城されたときに根津に言われた言葉だ。そのときの名取の怖い顔が般若みたいで・・・あのときだと思う。「お前に何がわかる!?ああ、私は女郎だ。私は娼婦だ。どこへも逃げ場はない。こうやって生きるしかないのだ。」とケツをまくったのは。

そこからは晴れやかな名取である。花魁道中までつっぱしる。映画の冒頭、田舎から吉原まで女衒役の成田三樹夫に連れてこられたころのおどおどした久乃とは別人のような後半の名取。どのような環境でも、開き直ることができれば、皆吉原の花魁たちのように強くなれるのかもしれない・・・ (ちなみに朝日新聞出版から出ている「吉原花魁日記」を読むと、どれだけ吉原の花魁たちが悲惨な生活をおくっていたかが分かる。この本は、大正時代に実際に吉原に売られ、花魁として過ごしていた方が書いた壮絶な実話だ。)

同様に、満島ひかり主演の「川の底からこんにちは」も、劇中で主人公が開き直った瞬間から輝きだすストーリーだ。

東京に出てきて5年。勤めた会社は5社目。やる気はゼロ。寝るときに寝室の蛍光灯を消すのも面倒くさく、寝転がったまま足だけ必死で伸ばして電気を消すほどの、だめだめ女だった佐和子(満島ちゃんって、変な人の役をものすごく自然に演じる)。実家の父親が倒れ、彼が経営するしじみ工場が危機に陥っていることを知り、しぶしぶ実家に帰る。

しじみ工場のおばちゃんたちからも認められないし、「東京に出て行ったときの暗い理由」に関し、村中の人がこそこそとうわさ話をしているという閉鎖的な環境の中、神の啓示でも受けたかのように、突如「やるしかない。もう逃げるのを考えるのはやめだ。私はダメ人間。ダメだから、頑張るしかないのだ!」という気持ちになり、そうなると、もう「吉原炎上」の名取と同じ現象が起こるわけである。周りも「ひえええ。あの子はなかなかやる。」と認め、しまいにはしじみ工場も繁盛しだす。そしてやる気のあまりない感じのしじみ工場のおばちゃんたちまで、やる気満々で働きだす。いいオーラは周りまでもを変える。

最近の日本には、「頑張らなくていいよ。」「無理しないでいいよ。」というムードが漂う。もちろん、頑張りすぎて壊れてしまったりしては元も子もない。だが、時には開き直って「今頑張らなきゃ、一生終わりだ。四の五の言わず、頑張ろうじゃないか!」と覚悟し、いっちょケツをまくってやろうか!と思わなければ、どうにもならない。そういう気分にさせる秀作の二作である。

圭子

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