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2012年7月 6日 (金)

「卒業」V.S.「アクロス・ザ・ユニバース」-人生の背後にはいつも音楽がある-

ダスティン・ホフマンが30歳にして、「大学は出たものの・・・将来は、未定」の揺れ動く若者ベンを演じた1967年作品「卒業」を久々に見た。(今と比べて)ものすごく若いホフマンではあるが、しゃべり方、歩き方、雰囲気があまり今(70代半ば)と変わらないのが興味深い。小柄でアクティブな方なので、今も「ベン」時代とそれほど変わらない。

大学を卒業して、将来有望(だと周囲には言われているが、自分は何を将来していいか見えていない)のベン。自分のお祝いのパーティに来ていた、幼馴染のエレーンの母親であるロビンソン夫人(アン・バンクロフトがイケている!むちゃくちゃ熟女パワー、と思ったら当時まだ36歳だ。現在の36歳よりも、当時の36歳は大人っぽく見える・・・)に突然迫られて、戸惑っているうちに、自分からもロビンソン夫人にコンタクトをとったりするようになる。次第に二人はホテルで密会する仲に・・・

この映画を初めて見た時は、エレーンの方が年齢的にも自分に近く、ロビンソン夫人に対するシンパシーは感じなかったと記憶する。今ではロビンソン夫人の方が自分にものすごく近しい世代だし、自分が好きになった若い男が自分の実の娘と付き合うようになることの苦悩、嫉妬の方が断然想像しやすい。

映画もそうだが、文学も含め、長期に渡って接することができる名作の場合、そのときそのときの自分の状態や年齢によって感じるポイントに変化が出てくることが面白い。大学生の子供がいてもおかしくない年齢になり、ロビンソン夫人に自分を投影するような日がくるとは・・・

少し前に「(500日の)サマー」を見ていた時、サマーが劇中「卒業」(のラストシーン)を見ながらおいおい泣いているシーンがあり、気になったので、もう一回きちんと「卒業」を見ないと、なぜサマーが泣いているのかわからないな、と思っていた。サマーは決して「ベン、エレーン、よくやった、おめでとう!」と感動しているようには見えなかったから。

「卒業」のラストは、最後の最後まで見ると、とても暗い気持ちになることがよくわかった。(この辺の読み取りは、若いころ見た時にはできていなかったかもしれない。少なくとも、こんな後味の悪い終わり方だとは記憶していなかった。)ベンは愛するエレーンが結婚式をあげている最中の教会に乗り込み、彼女を花婿から奪う。エレーンも、待ってました、とばかりに彼と一緒に逃げ出し、二人はちょうどそこまで来ていたバスに乗り込む。行先もわからずに。乗り込んだバスの乗客は、老人ばかりだ。ウェディングドレスのエレーンと、きたない身なりのベンは、興奮状態で後部座席に座る。最初は「やった~!イェー!」とばかりに朗らかな二人だが、乗客老人軍団からの冷たい視線を浴び、なんとなく自分たちも「あれ、もしかして僕たち道を誤ったかな?」と不安な気分になるのだ。さっきまで大喜びだった二人は、一瞬のうちに将来の不安に満ちたなんとも言えない顔をする。そして、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる中、映画は終わる・・・ 後味悪すぎ!!

サマーは「今は楽しくても、いつかこの楽しさも終わる日が来るに違いない」と目に見えない不安を感じて泣いていたのかもしれない。

この映画はサイモン&ガーファンクルの曲で彩られている。テーマ曲は「サウンド・オブ・サイレンス」だ。沈黙に音を感じるほどの、静けさと孤独。ベンの不安な未来と、悲しげな曲がよく合っている。

同じく、同一アーティストの音楽が映画を彩る映画「アクロス・ザ・ユニバース」を見た。演じる役者たちが吹き替えなしでビートルズの曲を歌いつつ話が進んでいく奇跡的な映画だ。

この間ウディ・アレンの「人生万歳!」で出会ったエヴァン・レイチェル・ウッド。もっとこの子が見たいと思って借りてきた本作だ。

エヴァン・レイチェル・ウッドの演技を見ていて思い出す言葉は、「頼りがい」だ。どっしりしている。本作ではリバプールから実の父親を捜しにアメリカにやって来たジュード(!)という若者と恋に落ちるが、それでも、自分の道(学生運動団体での活動)にも妥協しない女の子ルーシー(!)を好演している。この「どっしり感」はどこから来る?と思って調べたら、バイセクシャルで、テコンドー黒帯だそうだ。なんでもありで、よい。

それにしても、一番驚いたのは、「ビートルズの曲の歌詞だけで、物語が成り立っている」ということだ。どのようにしてこんな驚異的なことが可能になったのか??ジュリー・テイモア監督よ!!かなり「歌詞」と「物語の進行」「登場人物」をマッチさせるのに、時間と頭脳が必要なはず。映画が先にあり、その内容に合う歌詞で新たに曲を作成する、というやり方の逆なのだから・・・ そして、きちんとつじつまが合っている進行に仕上がっているので、もう、あっぱれ、としか言えない。

役柄的にはあまり中心にはいないが、プルーデンス(!)という役の女性がいる。彼女が「I Want to Hold Your Hand」を歌うシーンの字幕で、あらためて、この曲の意味を理解した。実際はテンポのよい曲だが、劇中ではスローにアレンジして歌われていて、場面にも合っている。「I Want to Hold Your Hand」はなぜか「抱きしめたい」という邦題だが、今回よくよく歌詞を噛みしめてみて、「人を好きになったら、『手』を握りたくなる」という感覚は確かにあるな、と再確認した。何か特別の感情を誰かに持った時、その相手と手をつなぎ、つながりたいという本能、あるものだ。

ラストの「All You Need Is Love」からの流れで、曲の最後の方での「She loves you, yeah yeah yeah...」が歌われるあたりは、物語の進行にどんぴしゃで合っていて、監督に座布団を何枚かあげたい気分になる。

音楽がなくても、人は死なないであろう。だけど、音楽がこの世から消えたら、この世は灰色になる。音楽があるから世界は七色だ。そんなカラフルな幸せの中、ルーシーはダイヤモンドとともに空の上で微笑んでいる!

圭子

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