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2012年9月16日 (日)

「ラ・ブーム」V.S.「美しいひと」-肩を落とさず恋しよう!-

フランス人は宇宙人。同じ地球に住む人とは思えない。日本人とはあまりに違い過ぎる。美しく生きること、背景に溶け込むようなキスをすること(日本庭園の「借景」のコンセプトと同じだ!)、恋が終わっても決して肩を落とさない気位の高さ。宇宙人であるフランス人の生活を映画の中で見るのが私は大好きだ。

「ラ・ブーム」は今もフランスで大人気のソフィー・マルソーのデビュー作。1980年作品。1982年の日本公開時に、映画館で見たわけではないのだが、当時の映画雑誌でいやというほどこの映画を紹介していたので、ストーリーも知っていたし、数々の名場面の写真を見ていた。こげ茶色の髪で、目が細め。なんとなく日本人風に見えなくもないソフィー・マルソー。その当時日本で一番人気のある外国人俳優だったように記憶する。今も愛らしいソフィーだが、この映画のころの愛らしさは宇宙レベル。

この映画のことは「ティーンエージャーのほのかな恋」みたいなテーマだとばかり思っていたのだが、21世紀の今になって見た感想は「あまりにも、大人の世界」を描いていることだ。多分1982年中学生だったときに見ていたとしても、本格的には理解できていなかったかもしれない。大人向けである。

まずは、「社交性」について。主人公ヴィックは13歳。歯科医の父とイラストレーターの母の間に生まれた一人娘。ヴェルサイユからパリに引っ越してきて、新学期の学校に通い始めるところから映画は始まる。(この、「引っ越してきた」部分が最初わかりづらい。引っ越しトラックそのものに一緒に乗ってきたヴィックと父親、なのだが、そのトラックから降りるところで、父親があまりにもしわがれ声、かつ、トラックの元の積み荷が「鱈」だった(?)ようで、臭っていたらしく、トラックの運転手にお父さんが「臭いな~」みたいに言っているシーンがある。「声もがらがらだし、魚屋さんに勤めているお父さん??」と誤解してしまった・・・ ちなみにこの引っ越しトラックを運転しているのが、かのリシャール・ボーランジェ!!このシーンにしか出てきません!)

新しい街に来て、新しく学校に入り、ささっと友だちを作るヴィック。かっこよかった!大げさではなく、ほんとうに、ささっと。大人か!?君らは。私自身父が転勤族で、何度も小学校、中学校で転校したのだが、転校するたびに教室の一番前に立たされ、「○○小学校から転校してきました○○○子です。初めまして、よろしくお願いいたします。」をやらされていたが、この、リセ初日での転入者のさりげないとけ込み方に、粋だなああ、とひとまず感動。(仲良くなった女の子のぺネロプには妹がいるのだが、この妹が面白いキャラクターで、ヴィックの丸顔で髪も薄めの父親を、やたらと「セクシーだわ~あの人、最高!」と盛り上がる。フランス小学生にとって、こういうのが「セクシー」なのか!?日本の小学生がキスマイではなく西田敏行に盛り上がっているような状態では!?異文化!)

次に、「かっこ悪いとこは、見せない」精神について。この映画はでは子供も大人として行動しているシーンをよく見る。恋で胸が苦しくなることを父親とレストランで食事をしながら話すヴィックのシーンなどだ。13歳だろうと、もうすでに彼女は大人社会で真剣に生きている。そして、この大人社会の代表選手がヴィックの曾祖母のプペットだ。(このプペットが、昔藤田嗣治といい関係だったことを示唆する場面に、感動!)

プペットからヴィックは、恋の主導権は相手ではなく自分自身が握るべきことを学ぶ。そして、自分からかたをつけた恋に関しては後戻りせず、「決して肩を落とさない」ことも学ぶ。この国の人たちは、13歳にして、恋の勝負に勝つことを重要事項として学ぶのか・・・いやああ、フランス人と結婚するのは大変そうだな、と必要のない心配をしてしまう。

他にも、ブームに誘ってもらいたくて喉から手がでそうな気分なのに、いざ男の子たちからブームに誘われたときに「まあ、都合がつけば、行ってあげてもいいよ。」的なポーズをとり、いかにも「待ってました!」という態度はとらないあたりも、これは大人しかできない芸当だ、本来は。フランス人女性と男を取り合う、というシチュエーションが自分になくてよかったよ。十中八九、負ける。勤勉さや仕事の正確さなどでは負けないであろう。でも、こういう技術は、私たち(日本人をひとまとめにしてみました、いろいろな人がいるでしょうが・・・)、負けますもん!

ヴィックの両親のように、結婚していても、ほかの人を好きになることもあるだろうし、そして、元のさやに戻ることも、戻らないこともあるだろうが、その時その時の瞬間に一番好きな人とダンスを踊ることができれば、人は幸せなんだろうな、と思う。周りのみんなが騒がしい音楽で激しく踊る中、マチューが後ろからそっとヘッドフォンで「愛のファンタジー」聞かせてきて、ヴィックは一瞬で夢心地に・・・のシーンは、今まで見たどの映画のシーンよりもロマンチックだ。いつか音楽は終わり、いつかダンスは終わる。次の音楽では別の男の子とダンスを踊るのだとしても、この瞬間は、私はあなたに夢中です・・・

「美しいひと」も、学生たちが主人公。こちらは、高校生だ。クリストフ・オノレ監督作品。

こちらも、他の学校からパリの学校に転校してきた女の子が主人公。ジュニーは母親を亡くし、いとこのマチアスの家に身を寄せる。大人びた、あまり愛想のない、そしてきれいでミステリアスな女の子。すぐにモテモテ状態になる。学校の友達仲間の中でも特に真面目そうな、そして地味そうな、オットーと恋仲になるジュニー。

そんなジュニーに魂を奪われるのが、イタリア語教師のムヌール。フランスの恋人、ルイ・ガレルが「こんな教師、おらんやろ!?」というセクシーさでスクリーンを引締める。グレーのコートを着たまま教室に入ってくるムヌール。長く細い指で気難しそうに唇をおさえるムヌール。行きつけのカフェで、「ジュニーのことが好きでいてもたってもいられない」状況を同僚の教師に相談するムヌール。ジュニーとの恋のため、現行の複数の女関係を一方的に容赦なく清算していく無情の男、ムヌール。

神秘的なファムファタール女子高生、ジュニーと、「全身が性器」(というか・・・うまくいえないが、この人は服を着ていても裸のような印象がある。なお、顔の中心の「鼻」の存在感がすごくて、性器を連想してしまう・・・)かのような官能の匂いを巻き散らす、罪作りな教師ムヌール。もちろん、二人の関係がハッピーエンドを迎え、フランス版「おくさまは18歳」になることは、ありえない。(だが、ルイのくるくる巻き毛の髪型と石立鉄夫氏のそれは、共通している!)これは私たちの期待通りのフランス映画なので・・・悲劇のまま、終わる。だが、恋の終わりに心を切り刻まれながらも映画の終わりでのムヌールは決して肩を落としたりしない。(ちなみに、無情なまでに女たちを捨ててきたムヌールだが、ムヌールに別れを告げられた女たちも劇中では肩を決して落とさない。肩を落としている暇があれば、次の男を見つける方に注力しよう、という精神なのだろう。潔い。)「ラ・ブーム」のプペットおばあちゃんの教えは、映画を超えて、フランス人の精神に浸透しているのに違いない。

「美しいひと」はラファイエット夫人の「クレーヴの奥方」が元になっている。未読なので、原作と、この現代の高校に舞台を置き換えられた本作との比較を楽しむためにも、読まないといけないな・・・ そして、きっと「クレーヴの奥方」にも「何があっても肩を落とした姿を人に見せることはやめよう。それが一番かっこ悪いことだから。」と書いている予感がする。そのあたりも探りたいので、読まないといけない。

圭子

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