« シイタケの肉詰めディナー | トップページ | 最近のご飯たちです! »

2013年1月 4日 (金)

「ベルベット・ゴールドマイン」-あの橋を渡っていたら-

70年代の伝説のスター、ブライアン・スレイドの謎の狂言殺人事件、そしてその後の衰退を調査する新聞記者アーサー。アーサーの調査は、いつのまにかグラムロックに陶酔していた自分の青春時代、そして同性愛であったルーツまでも掘り起こすことになる・・・

ボウイがモデルになっているこのブライアンという神のように美しいキャラクターをわれらがジョナサン・リース=マイヤーズが期待通りのなまめかしさで演じる。(ボウイがモデル、であるし、タイトルの「ベルベット・ゴールドマイン」も彼の代表的な曲のタイトルなのだが、ボウイの曲自体は本作では全く使用されていない。)

そのブライアンと愛し合い、そして憎しみ合うボーカリスト、カート・ワイルド役は、今をときめくユアン・マクレガー。先日見た「ゴーストライター」でも元英国首相の妻に誘われ「しかたなく」ベッドインしたシーンで剥き出しの尻を披露してくれたが、本作では、さらに過激にIggy Pop の「T.V. Eye」を歌いながらの尻、まる出しシーンに、新年からご利益のあるものを見せていただいた。あまりにも全開しすぎなのでDVD ではぼかしがはいったが、海外ではどうだったのだろう。やはり、肛門に関しては海外でもぼかしが入るのだろうか?Anyway、ユアンの俳優魂にシャンパーニュで乾杯。

ブライアンの過去を探るにあたり、自分の恥ずかしい経験もほじくることになるアーサー。この難しい役をクリスチャン・ベールが好演している。青春時代、親の目をかいくぐって化粧してはロンドンに繰り出し、グラムロックに魅せられていく時代(70年代)と、80年代、ヘラルド紙の記者として働くシーンを同じ人が演じているわけで、若い時代のシーンでのダサいヘアスタイルや、ブライアンとカートの絡みの写真を見ながらのオナニー中に父親が部屋に入ってきてしまうという死ぬほどの恥ずかしいシーンもある。クリスチャンにも座布団3枚!クリスチャン・ベールがイギリス英語を話している映画をどうも久しぶりに見た気がする。薄い上唇が魅力的、クリスチャン。

それにしてもブライアンの妻マンディ役のトニ・コレット。ええわああ、あなた。演じる役ごとに別人に見える。白い和紙のような人だ。どんな色の絵具にも鮮やかに染まる。「ミュリエルの結婚」の頃から大好きだ。本作では、すごくしんどい役を演じている。愛している人が同性の相手やその他もろもろの相手と乱交に勤しむようになり、結局は離婚を決意する。しかし、自分の最愛の人を「奪った」カートのライブを見に行っとき、彼の歌に本気に感動し、「よかったわ」と涙を流す。本当に、いい人。トニ・コレットがいい人だから、マンディもいい人に見えるんだろうな。トニ・コレットはどんな役をやっても別人のように演技達者に演じるが、どの役でも信頼できるいい人を演じ切る。

この映画を見るまで、グラムロックを久しく聞いていなかった。高校、大学の頃は狂ったように聞いていた。学生のときはライブハウスに一人でマルコシアス・バンプを見に行ったりもした。劇中でカバーされていたNew York Dolls の「Personality Crisis」をバンドでコピーしたりもした。イギリス留学中は孤独を紛らわすためにRoxy Music のテープを擦り切れそうになるほど聞いた。そんな若い日々、自分が細身のパンツをはけなくなるような未来があるとは信じていなかった。愚かな考えだとは十分承知しているが、当時は、年老いて太ってしまうなら、その前にきれいなままで死んでしまいたいとまで思っていた。

しかし、人は簡単には死ねない。タバコを止め、健康的になんでもおいしく食べるようになり、T.Rex を聞いていたころよりもおそろしくサイズの大きい余裕のあるジーンズをはくようになっても、特に何にも達成しない人生を送りつつも、私は生きているし、多分将来もっとみっともなくなろうとも、生きているだろう。しかし、アーサーがエメラルドのピンをカートから受け継いだように、オスカー・ワイルドの魂や、ブライアン・スレイドの魂はひそかに私の心の中で生き続け、燃え続けるのだろう。こういう映画を見てまだ自分が興奮することに気づき、かなり安心した。美しいものは美しいし、グラムロックが大好きだった(今もやはり好きだ!)自分もまた、間違っていない。

オープニングに映るど派手な橋。最初はVauxhall Bridge (ジェームズ・ボンドのMI6に行くときに通る橋。この橋、大好きだったな。)かな、と思ったが、調べたらLambeth Bridge だった。そっくり。70年代、あの橋を駆け抜けて、グラムロックのライブにプラットフォームブーツを履いて駆けつけるような人生だったとしたら、今、どんな人生を送っていただろう。グラムロック全盛のころロンドンに存在していたら、間違いなく、のちの人生に影響があっただろう。だが、生まれる場所や生まれる時期は変えられない。今、この世界ででも、私は「Virginia Plain」を聞きながら床の雑巾がけをして、人生を謳歌することはできる。アーサーも、記者である現在が輝かしい70年代の日々よりくすんでいるとは思っていないはず。彼の心もまた、時代や場所は関係なく、美しいエメラルドのピンで守られているのだから!

圭子

|

« シイタケの肉詰めディナー | トップページ | 最近のご飯たちです! »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ベルベット・ゴールドマイン」-あの橋を渡っていたら-:

« シイタケの肉詰めディナー | トップページ | 最近のご飯たちです! »