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2013年1月24日 (木)

「神経衰弱ぎりぎりの女たち」-ガスパチョを馬鹿でかい容器から直飲みしたくなる!-

どうしてこの映画を見ると元気になるのだろうか。

①マンボタクシーの運転手がいい奴だからか?

②ぺパのミニスカートから見える黒ストッキングの脚がきれいだからか?

③ガスパチョの量が一人暮らしなのに尋常じゃないからか?

④ぺパの働くナレーションスタジオの受付の女が関西のおばちゃんみたいなノリだからか?

⑤自分を捨てたイヴァンが許せず、バイクを乗っ取り空港までぶっ飛ばすルシアのヘアスタイルが、風で「わや」になるからか?

⑥ロッシ・デ・パルマ演じるマリサが、「眠りつく前」と「目が覚めた後」で別人のように変化しているからか?

⑦ぺパは荒野の一匹オオカミみたいに、今後も強く、しかし家の中でもきっとハイヒールを履く素敵なマダムとして生きていくんだろうな、という気持ちにさせる希望あふれる展開に、「生きるパワー」をもらえるからか?

上記のすべて、である。この映画を見ると、人にどう思われるかを気にする気もなくなる。誰にどう思われてもいい。自分の好きなように、筋を通して生きていけばそれでいい、という気分になる。変な人ばかり出てくる映画だが、だからこそ、「私もこの人たちの仲間に入ってみたいな。私も変な人だけど、問題ないよね?」という気分になる。

困った友人(テロリストの男と「テロリストだと知らずに」出会ってしまい、愛してしまった友人)を見捨てないぺパ(カルメン・マウラ、最高!)。自分自身、声優仲間で同棲していたイヴァン(この男が、とくにかっこよくもない普通のおっさんで・・・しかし劇中ではなぜかモテモテ。)が出て行ってしまい、精神不安定な状態だ。なのに、ぺパの肝っ玉の据わり具合は、「吉原炎上」で自分も大概しんどい状態なのに、わかれた夫の相手になけなしのお金を渡す、かたせ梨乃演じる菊川をふと思い出した。面倒見のいい女を見るのは、女として快感だ。ぺパも、自分自身大変な状態で、人の世話をしている余裕など基本的にないはずなのに、ハイヒールでつねに小走りで動く、動く。

生きよう、これからも。そう思うのが難しい時代だ。周囲は先行きいいこともない予感に満ちている。そして、時代だけではなく、自分自身の肉体も衰えつつある。考えることは悪いことばかり。そのようなネガティブな思考に陥りそうになるとき、アルモドバルを見ると私はいつも生きることを望むようになる。本作のようなドタバタコメディーだけではない。なぜか「わたしが、生きる肌」のような、結構きっつい話の映画でも、ラストまで見ると、「生きよう、これからも。」という気分に不思議となる。死んではいられない。どんなにかっこ悪くても、生きようこれからも、と思うことができるのだ。

この映画は20年以上前の映画だけど、とても新鮮な映画だ。古臭くない。まったく。きっとこれから何十年たっても、見るたびに、新鮮な気持ちになるのだろう。「生きるのは、素晴らしい。」という、人にとって一番大切なことをおしえてくれる映画だ。

それにしても、ぺパの自家製ガスパチョのおいしそうなこと!馬鹿でかい容器から直飲みしたくなる。Viva gazpacho! Viva Almodóvar!

圭子

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