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2013年3月24日 (日)

春ディナー

今日も昨日のふきのとうを使って一品作りました。フリッターにしました。

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マッシュルームや茄子も一緒に揚げました。

ブロッコリーはチーズグラタンに。

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色が春らしい。

ホタルイカはベビーリーフとサラダにしました。

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ホタルイカ。春らしい。

ホタテはバターソテーにしました。

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肉厚!今日花見に行ったときに、近所の公園の近くに新しいスーパーができているのを見つけ、思わず入ってしまいました。行ったことのないスーパーに行くと新鮮な気分になりますね。

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そのスーパーでワンコインワイン「センシィ カント ビアンコ」を見つけました。おいしかった!

今日はレンタルしたNHK 版の「とんび」の前編を見ました。こちらも泣ける・・・ 今更ながら、親に感謝する気持が生まれてきます。口では言いづらいので、手紙でも書きたい気分です。昔々、父が転勤族だったので、高校受験をした年の春に転勤することになりました。一生懸命勉強して、その地方で行きたいと強く思う高校に受験しました。受験から帰ったら、「受かっていても不合格でも、どちらだとしても、転勤で○○県に引っ越さないといけない。受験前に言ったらやる気をなくすだろうと思い、今言う。」と父親に言われました。

子供ながら、命がけで勉強していたのに、です。吹奏楽部だった私は、その受験した高校でも吹奏楽部(吹奏楽が強い学校だった。)に入るのが夢だったし、何より、その高校の制服がとてもかっこよくて、ああ、これでは何のための人生だったのか!?とかなり落ち込みました。(今思えば、そんなことなんて大人になって味わった数々の挫折に比べれば「へ」のようなものですが。)で、結局合格していました。次の学校(転入先)に提出するため、どうしてもその高校の入学式に出て、入学したという証明書(のようなもの)を出してもらう必要がありました。入学式は、私一人だけ中学の制服。ほかのみんなはもちろん高校の制服です。で、一応、一年生として決まったクラスの教室に入って、一瞬だけ「高校一年生」をやり、その足で父の運転する車(高校のそばに停車)に乗って、別の県に移動しました。車で移動中、ほとんど家族は無言で、多分私は一言くらいだけ発言しました。「お父さんは私の人生をつぶした。」と。

転校先の市で、転入を認めてくれる公立の高校はいわゆる「あまりできのよくない子が行く高校」でした。受験で合格した高校の方がレベルが高かったので、もちろん、改めて受験する必要はなく、その転入先の高校に入りました。(その辺の手続きも親がやってくれたので、私はただ、流れにまかせて新しい土地の学校に「転校生」として入っただけです。)

何年も親には「あのとき私だけ寮にでも入れてくれて、お父さんとお母さんだけ引っ越してくれたら、もっといい人生だったかもしれない。」と嫌味を言い続けました。普通の公立の高校だし、「寮」なんてなかっただろうし、高校生で一人で暮らしながら勉強するなんてなかなかできることではないし、自分の言っていることはロジカルではないのは十分にわかりつつ、親を困らせようと、そう言っていました。

でも、私は転校して本当に「よかった」のです。というのも、その「あまりできのよくない子が行く高校」で、私はいつもテストで学年の上位1~3位くらいのところをうろうろすることができたのです。期末試験などの結果を廊下に貼りだす学校だったので、わかりました。さすがに悪い気分にはなりません。勉強に関し、自信を持つことができたので、高校三年間はマイペースで大学受験に打ち込むことができました。

それがよかったことだと気付くのは、大学に入ってからです。田舎の「あまりできのよくない子が行く高校」で自信を持った18歳の女の子はあっという間に自信を失いました。周りには有名私立高校から進学してきた子がごろごろいて、なおかつ、大学に入ってから新しく習い始めた外国語にてんやわんやで、一度は留年しかけるほどでした。(追試を受けてなんとか進級できた場面もあります。)高校のときは、自分がトップのエリアを走ることができる環境だったのでなんとかやってこれたのだ。できる人たちの集団を後ろからぜーぜー言いながら追いかけるのは、私の性格的にはきつい。そういうことにすぐに気づきました。なので、あの、高校受験後に父の転勤で別の地方に移動できたのは、偶然ですが、とても自分には「ラッキー」なことだったのです。

なのに、ことあるごとに、「あのとき○○高校に居続けることができたら、もっといい人生だったのに。」とひねくれて言っていた自分が情けない。そして、今となってはどこの高校に行こうとも、どこの大学に行こうとも、そんなの結局なんにも人生に関係なんてしない、ということもわかります。結局自分次第なのです。

「とんび」を見ていて、(自分は「親」になることはできなかったけれど、)なんとなく「親」の気持ちがわかるようになりました。「親」をやることも(きっと)大変なのです。一生懸命自分の子が毎晩遅くまで勉強し続けているのに、自分の仕事の都合で転校させないといけないということで、少なからずおやじも悩んだはずです。でもサラリーマンだし、転勤を拒否できるわけありません。娘にあんな嫌味を言われて、それでも育て続けた親を今は尊敬します。親が死ぬ前に、無礼を謝りたい、そして、偶然でも、転勤があり、私がリラックスした気持ちで3年間楽しく勉強できたことを感謝したいです。「とんび」よ、ありがとう。

圭子&亮一

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