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2013年7月 5日 (金)

「天才マックスの世界」-「あまちゃん」にも通じる素晴らしい世界。「人」と「人」の関係に、年齢は関係ない!-

マックスは15歳。名門校に通う。しかし、成績は悪い。成績は悪いが、クラブ活動は必死で頑張る。数えきれないほどのクラブに主要人物として参加している。成績は悪くても、頭はいい。校長先生とも対等に会話するし、学校での演説を聞いて知り合いになった中年の社長ハーマンとも対等に会話する。年下の友人ダークとも、普通に付き合う。そして、同じ学校で教師をしているかなり年上のローズマリー(オリヴィア・ウィリアムズがものすごくいい!「ゴーストライター」のときよりもふっくらしていてかわいい。)に恋をする。

アメリカの映画を見て、よく見かける光景だ。大人も子供も「対等な関係」を結び、きちんと目を見て話すシーン。たとえば、「JUNO」や「スーパー!」の中のエレン・ペイジが演じるキャラクター。同世代ではない相手との会話のシーンを見ると、日本人感覚では「ふてぶてしいな。」とか「かわいげがないな。」とも見えるが、きっとアメリカには「エレン・ペイジだらけ」なのだろう。大人だろうと、子供だろうと、女だろうと、男だろうと、自分には「考え」があることを示すのが生きる道なのだろう。本作のマックスも、子供らしい部分(友達といさかいがあったときの落ち込み方や、好きな女を「友達」に奪われたと思った時の取り乱し方など)ももちろんあるが、基本的には、きちんと自分を持って生きている「大人」だ。

やろうと思えば、マックス(や、アメリカにたくさんいるであろう年齢の壁を越えて人と付き合う人々)のように、同世代ではない人ともよい関係を結ぶことができるかもしれない。もしそれができたら、世界が広がるんじゃないかな、と本作を見ていて考えた。そういえば、江國香織の小説でもあった。(「こうばしい日々」だ。これもアメリカが舞台。)学校の食堂の職員のおばさんと、主人公の男の子がひょんなことから友達になる。「ハロルドとモード」もだ。こちらは「恋仲」になった二人を描く。ハロルドは少年。モードはおばあさんだ。年齢が離れていようと、相手を尊敬していれば、そして自分を信じていれば、よい関係を築くことができるはず。アメリカだけじゃない。「あまちゃん」の世界だってそうだ。アキは高校生だが、自分の考えを持っていて、そして素直に生きている。そんな彼女と海女の仲間の中年以降の大人たちは、「仲間」として付き合っているじゃないか!

印象的なシーンがある。幾何のテストで37点を取ったマックスが、床屋をしている父親にテストを見せたとき、父親は数字の「3」に鉛筆で書き足して「8」にした。マックスのテストは「87点に」生まれ変わる。「落ち込むな。」と、父。些細なシーンだけど、いいな、と思った。もし自分に子供がいて、もし37点のテストを持って帰ったら、きっと激情して「お前なんて私の子じゃない!」と怒鳴り、子供を落ち込ませてしまうだろう。私は余裕のない人間だ。

もう一つの忘れられないシーンは、いさかいがあった後、時間はかかったが仲直りしたマックスとダークが、凧揚げをしている場面だ。マックスが口頭であふれるアイデアを語る横で、ダークが秘書のようにメモを取るシーン。ダークの幸せそうな顔。大げさかもしれないけれど、「もう人生も終わりだ。」という夜にこの映画を見たら、「もう一日生きてみよう。」という気分に絶対になれる。不思議だが、ウェス・アンダーソンの映画を見ていると、どの作品でも、最低一か所は、彼がサブリミナルで「君は一人ぼっちじゃないよ。」と語りかけてくるようなシーンに出会う。

ウェス・アンダーソン万歳。ありがとう。生きるのがだいぶ楽になった。見終わって、本気でそう感じた。

圭子

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