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2014年11月11日 (火)

「スティーブ・ジョブズ」-この映画を見て、わけがわかる人は何%だ!?-

2013年作品。

アシュトン・カッチャーがスティーブ・ジョブズになりきっていることは、正直すごいな、と思った。冒頭のスピーチのシーンなど、遠目にはスティーブ・ジョブズだ。前のめり気味に歩く姿。タートルネック。話し方。アシュトン・カッチャーに全く見えない。

そんなアシュトン・カッチャーの熱演にも関わらず、映画を見ている最中から、どうも「放置」された感覚がどんどんと強くなってくる。私は世代的にもiMac のCM (ストーンズの「She's a Rainbow」が効果的に使用されていた、あのイカシタCM だ。)に衝撃を受け、スティーブ・ジョブズとは何者だ、ということが少なからずわかっている人間だ。それでも、「置いてきぼり」になる瞬間が多かった。なぜこれほどまでジョブズが会社設立のころに共に汗を流したメンバーすらをどんどん遠ざけていくのか、また、なぜ彼が常に嫌われ者であるか、などなど。

パーソナルコンピュータの開発の舞台裏のシーンでも、これは、「パソコン」をいじったこともない人(たとえば80近いうちの両親など。)が見たら、何かがなんだかわからないであろう。もう、こういう人たちのことはどうでもいい、と思ったのだろうか?要は、背景知識(スティーブ・ジョブズの人生、アップル社の歴史、パソコンそのものの仕組みなど)がある程度ないと、何がなんだかわからない映画なのだ。このジョブズという奴は、なんか、嫌な奴だし、歩き方も変だし、何者なんだ?という感想を持つ人が出てしまう可能性がある。(実際、この映画だけからの印象だと、私もジョブズのことを好きになれなかった。)

背景知識をすべて視聴者にオファーしなくても、なぜかその作品にとことん惚れ込んでしまうケースもある。たとえば、伝説の「あまちゃん」だ。たびたび出てくるが、うちの両親は「アマーソニック」が「サマーソニック」のパロディーだなどということはわかっていない。そもそも「ライブってなんじゃ?」という世代だ。しかし、クドカンの脚本にちりばめられている「元ネタ」の数々のすべてを理解する人間だけがこのドラマを見ていたのだとしたら、このドラマはここまで視聴率をとらなかったであろう。つまり「なんかよくわからんが、面白い!楽しい!キャラクターたちを愛してしまう!」という気持ちが万人に生まれたからこそ、このドラマは伝説になったのだ。

多分それは「人間として普遍的なこと」がちりばめられていたからなのではないだろうか。歌の下手な有名女優が、努力して音痴を克服する。アイドルとして活躍したいから努力する。母親と若い頃からうまい関係を持てなかったが、親が生きている間になんとか溝を埋めたい。駅員の仕事に誇りを持って、一生懸命頑張る。すべてのキャラクターの生き様は、舞台設定が江戸時代に変わろうとも、シェークスピアの時代の英国になろうとも、あり得るものだ。普遍的な「人間賛歌」に対し、アマソニだか、サマソニだか、わけわからないことが含まれていようとも、見る者は満足する。

この「スティーブ・ジョブズ」の中にも、随所随所に光る部分はあった。だが、スティーブ・ジョブズに愛を感じる瞬間はなく、むしろ、「自分にも厳しいが、人にも冷たく厳しい嫌な奴」という気持ちしか芽生えない。その他のキャラクターたちにも愛を感じられないのだ。きっと(私は違うが)アップルユーザーの人たちは、「アップルを愛している」からアップル商品を使っている人ばかりのはずだ。その点は(言っちゃ悪いが)マイクロソフトユーザーとは気概が違うだろう。クリエイティブで、「Mac じゃなきゃ嫌だ!他の人と一緒なのは嫌!」という気持ちでMac を使っている、という印象がある。そんな方々が見て、この映画はどうだったんだろう。劇中のスティーブ・ジョブズを愛せましたか?

見終わった後、本当に「あまちゃん」はすごかったな、という感想を持ってしまった。あそこまで奇想天外であるにも関わらず、すべてのキャラクターに愛を感じてしまう作品は、そうはない。久しぶりにミズタクやあんべちゃんに会いたくなった・・・

圭子

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