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2017年2月

2017年2月27日 (月)

「べっぴんさん」の不自然なシーンについて④

80年代バブル期に、「ちゃんちゃらおかP音頭」という曲が流行りました。今朝の「べっぴんさん」を見ながら、脳内で、この名曲がノンストップで流れ、ストーリーが頭に入らないほどでした。

ちゃんちゃらおかしいよ!このドラマ!!

今朝の驚きは、健太郎の爆弾発言でした。キヤリスの廊下に佇むさくらと健ちゃん。今日は配属先が決まり、健太郎は開発宣伝部へ。不満げな健ちゃん。「経営に関われると思うてたんやけど・・・」

え?何?今なんて?お茶を吹き出しそうなモーメントでした。

ここから私の脳内で「ちゃんちゃらおかP音頭」が流れ始めました。8時15分までずっと・・・

東大を出て、アメリカの大学でも経営を学んでました、とのこと。でも、普通、新卒で入社して、いきなり「経営に関わる」ってありえんでしょ?いくら経営陣の「息子」だと言っても。まずは、売り子とかからのスタートでもおかしくない。ついでに言えば、さくらがデザインの部署に配属されたのも、どうかなああ、って思う。ものを売る会社なので、最初は販売のセクションで顧客の動向を学ぶことも勉強になる。おかしい、すべてが、おかしい。

不自然すぎると思います。脚本を書いた方は、育児か何かに疲れていて、近所の暇な中学生あたりに「適当に15分時間を埋める感じで台本書いてみて。」とお小遣い渡して書かせたのでしょうか?社会、とか、会社、とかの世界を全く無視した、ちゃんちゃらおかしい話でした。

新卒のとき、大手の運輸会社に就職しました。もちろん、そういうときも、同期にはいきなり東京の本社の広報に配属、とか、地方の支店のきれいなビルの人事部に配属、という子もいました。大概きれいな女子は、手を汚さなくてもいい感じの部署に配属。私はむちゃくちゃ泥臭い、末端の、トラックターミナルにある事務所の営業事務として配属になりました。「事務」と言っても、荷受けもやっていたので、お客さんからの荷物を受けたりという仕事もしましたし、営業所の所長さんについて顧客に営業にまわったりもしました。荷物がどういう流れでお客さんのところまで運ばれていくかの流れも学べました。その会社には長くはいなかったけれど、大きな会社も、こういうそれぞれの小さな存在(ドライバーさんや、荷物を分けるスタッフ、荷受けをする人、などなど)に支えられ、成り立っているということが学べて、泥臭い現場に配属になった自分の方が、最初からきれいなビルの広報とかに配属になった奴らより、会社のこと、学べたと自負しています。

健ちゃん、さくら、まずは、会社に早く来て、先輩方の机の上をかたく絞った雑巾で拭いてまわる、とかしたらどないや!?経営とかデザインとか言い出すのは、もっと先でええから。

圭子

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2017年2月23日 (木)

雪の青森へ行ってきました

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雪の青森を訪ねました。雪だるまです。

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八甲田山のロープウエイの駅の様子です。

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車の中からですが太宰の生家斜陽館を見ました。

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金木駅から五所川原までストーブ列車に乗りました。

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するめを焼いてました。

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雛人形です。

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ポニーの馬車です。

亮一

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2017年2月20日 (月)

DHAを意識したディナー

青魚は体によいと聞きます。この日はDHAを意識したディナーにしました。

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鰤を焼いて、トマトソースをかけました!

これは鯖の水煮缶を使ってグラタン風に。

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鯖の水煮をお皿に入れて、プチトマト、玉ねぎ、エリンギも入れ、オリーブオイルをかけ、粉チーズ、パン粉をのせて焼きました。

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美味しかった!血液サラサラになりますように。

圭子&亮一

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2017年2月19日 (日)

旧東海道を歩きました。

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箱根駅伝で有名な権太坂です。旧道のほうがきついです。
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つるみ名物よねまんじゅうです。

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坂本竜馬のおくさんのおりょうさんが勤めていた田中屋です。
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州崎大神の参道です。

昔をしのんで川崎j宿から保土ヶ谷宿まで歩きました。

亮一

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久々の伊勢神宮です。

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内宮宇治橋からの景色です。

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外宮の正殿です。

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おかげ横丁の赤福です。

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金剛證寺の仁王様です。

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泊まりは初めての答志島でした。

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赤福ではなく太閤出世餅をたべました。2月ですがまだまだお参り客で賑わってました。

亮一

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2017年2月16日 (木)

「べっぴんさん」の不自然なシーンについて③

もうあかん・・・ 一体全体、このドラマの中の登場人物に、「こころ」はないのだろうか??タケちゃんの明美さんへの想い、についての周囲の対応、おかしいやろ!!??

もう少し奥行きのある話を描くとすると、

①タケちゃんが実は明美さんのことが好きで、明美さんと結婚したいと思っていることを知る。

②タケちゃんが明美さんとジャズバーで会うことを知る。

③心配なのでバーの隅でやりとりを見る。

④明美が「家族の死をもう経験したくない。だから誰とも結婚しない。」とタケちゃんに言うのを見る。

ここまではいいだろう。(バーの物陰で聞き耳を立てるのも変だが。)

だが、この後、どうして「タケちゃんにいい相手を見つけてあげよう(明美以外で)。」となるか?普通はメンバーの中のおせっかい(通常は主役)が「明美さん、それは違う!それはもちろん、家族の死を経験するのは非常につらいことだ。明美さんは若い時にそれを経験して大変だったのは、わかる。しかし、配偶者の死を恐れて、独身を貫くなんて、おかしいよ!一緒の時代に生まれてきて、偶然出会えたわけだし、これは奇跡的なことだよ。お互い好意を持っているはずだし、そんな臆病にならず、タケちゃんと前に向かって生きていくことを考えてみて!」と心からの気持ちを伝える。とか、もしくはタケちゃん自身が「明美さん!そんな理論納得できない!僕はもう何十年も、明美さんを想ってきたんだ。明美さんしか考えられない。約束する。明美さんを悲しませることはしない。明美さんより一日だけ、長生きする。絶対幸せにする。今までの身内が亡くなって悲しい思いをしたことを帳消しにするくらい、幸せにする。明美さんしか見えんのじゃ!」みたいな、劇的な熱いプロポーズ(必要なら抱きしめる、などのオプションも可)で明美のハートの氷を解かす、など、なんとでもできるのでは?あっさり諦めるタケちゃん。不自然だ。

挙句の果てに、あっさりと同郷の若い女の子と見合い、そして、その見合いの席になぜか明美が「タケちゃんのいいとこリスト」持って同席。怖すぎる。異常性すら感じる。リストを読み上げるときの明美の演出も、「アンドロイド」のようで、人間っぽさがなかった。

おかしいでしょ?ねえ。おかしいでしょ?不自然でしょ?そして、そもそもなんで周囲の皆、明美さんとくっつけようとせずに、すぐに見合い相手を探し出したの?薄情な気がする。ああ、ずっと思っていた違和感。「すみれ、きみちゃん、良子ちゃん」対「明美」の「3対1の関係」がずっと続いている。いつまでたっても、この3人(お嬢さんバックグラウンド)と1人(お手伝いさんの娘)という関係は「4人の一丸となって前へすすむ仲間」にはなっていない。明美だけずっと地味な色の服を着ているのも、気になる。登場人物たちの「こころ」の冷たさに、今日も違和感。

圭子

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2017年2月15日 (水)

「べっぴんさん」の不自然なシーンについて②

そもそも、なのだが、この「ぺっぴんさん」というドラマで、「仕事」のシーンがろくに描かれていないのは、なんでだろうか。「ファミリア」の創業者のうちの一人坂野惇子氏の生涯を「仕事」を通して描くんちゃうんか!?

最近のネタは「さくらの反抗期」、「タケちゃんの明美さんへの愛」、「キヨさんとちゅうさんの冒険」「ジローちゃんとサツキ、店を任される」などなど・・・ ビジネス外のネタばかりだ。キヤリスでのビジネスのシーンがほとんどない。キヤリスのシーンは、せいぜい大急百貨店の売り場での売り子さんとの会話とか、きみちゃんの家(兼ミシン工房)で、きみちゃんがスケッチブックに鉛筆で(まあ、こどものお絵描きみたいな)デザインを「ふーん」とか言いながら描いているシーンくらい。キアリスの商品に関しても「肌着は肌触りが大事やね。」みたいな「肌着」の話ばっか。他にも商品、あるだろう!?

非常に、非常に、不自然であーる!来月で終わるんだろ?このドラマ。もっとキヤリスのビジネス成功談、描いて~

それにしても、最近のシーンで一番びっくりしたのは、ジローとサツキが一緒になるいきさつが、突然登場したジローの弟の「お兄ちゃん、お父ちゃんが出て行ってしもうた。助けて。」だったことだ。あのときのジローの、宿命を恨むような顔・・・ そういう理由で東京には行けない、ということになり、その流れでサツキと一緒になることに。これって話の流れ的にどうなんだろうか?サツキと一緒に子供を育て、家族を作りたい、というだけの理由でよかったんじゃないか?あれでは「仕方ない、せっかく東京でドラマーとして頑張ろうと思ってたのに、オヤジが逃げてしまったのでは俺が実家の面倒を見るほか、ないじゃないか。それならもう人生諦めて、神戸で(我慢して)生きるしか、ないな。」みたいな流れでサツキと一緒になることになる。ひどい話だ!ひどい流れだ!

圭子

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甘いもの対決

昨日のバレンタインデー。いつもお世話になっている亮一にちょっとしたチョコをあげ、半分は私が食べました。

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ほんとに、ちょっとしたチョコ。

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ほら、ちょっとしたチョコですよね?マキシム・ド・パリのちょっとしたチョコのセット。一緒に食べました。

亮一は最近伊勢神宮に行ってきたとのこと。お土産に赤福をいただきました。

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赤福、最高!

今日は「べっぴんさん」見ながらひとりペペロンチーノのランチでした。

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生まれて初めてペペロンチーノを食べたのは、1990年、学生のときにイタリアに行き、そのとき、フィレンツェに滞在中の友人D君のアパートに遊びに行き、そこでD君が、「これ、aglio olio e peperoncinoっていうねんで。」とキッチンで作ってくれたおいしいペペロンチーノです。えらいシンプルで、ニンニクと唐辛子しか入ってないんやけど、これで完成品なんかえ?とびっくりしましたが、むっちゃおいしかったです。D君ももう私と同じ48歳というわけでしょうが、元気にしていらっしゃるだろうか?

圭子

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2017年2月 8日 (水)

「べっぴんさん」の不自然なシーンについて①

今日から、見つけたときだけ、不定期に「べっぴんさん」に対して突っ込みを入れていこうと思います。もう、我慢できないよう・・・

今日のハイライト!

ゆりと潔の晩酌シーン。ゆりが「私もいただこうかな」と座り、二人で「生」でウィスキー飲みだしました!つまみもなく!チェイサーもなく!

どんだけ酒強いねん、ゆり!

圭子

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2017年2月 7日 (火)

豆まき2017!

2月3日は節分でした。圭子&亮一は恒例の豆まきを催行しました。

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今年の豆は、小分けタイプ。こういうのだと、後で拾う時便利ですね。

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どんなに疲れていても、毎年豆まきは欠かしません。割と大きな声を張り上げて豆まきしました。炒った豆はお酒のおつまみにも、いい!ちなみに炭水化物ダイエット中なので、恵方巻は食べてません・・・

圭子&亮一

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2017年2月 6日 (月)

「ボヴァリー夫人」-人生は、そう。救いようがないものなんだよ!!-

今、筑摩書房の「世界文学全集」で「ボヴァリー夫人」を読んでいる。眠れない夜に読むと、余計に眠れなくなる。ほぼ、死にたい気持ちになる。人生は、そう。救いようがないものなんだよ!!とフローベールがニヒルに笑いながら諭してくれるような、そんな気持ちになる。

映画「ボヴァリー夫人」のジャケットは、ミア・ワシコウスカ演じるエマと、エズラ・ミラー演じるレオンの濃厚なキスシーンが使用されているので、「閉鎖的社会に住む主婦が陥る不倫の世界」のようなイメージを見る者に与えるが、実際のところ、この「ボヴァリー夫人」という作品の底辺に流れるのは、「どの人生も、『ここにはないどこか』を求めているうちは、いつまでたっても不幸なのだ。」という教訓なのではないか、と私は思う。

平凡で面白みのない(しかし、決して妻を飢えさせたりはしない)夫、何もすることもない(しかし、家事は全てメイドがしてくれるので、楽な)日々。エマの周りには、川で寒い中洗濯したり、重い荷物を頭の上に乗せて運ぶ村人がたくさん生活している。生きるだけでも大変そうなそんな人からしたら、医師の妻として、綺麗なドレスを着て何不自由なく暮らしているエマは「幸福な人」だ。その当人は、自分を不幸のどん底だと嘆いている。毎日毎日変化のない日々を過ごす自分が不幸だと思っている。

これは、19世紀の田舎町の女性に限った物語ではない。どの時代も、現代の日本でも、同じなのだ。自分の置かれた状態を受け入れ、満足し、自分は幸せだと感じるのか、「ここにはないどこか」を常に望み、今置かれた環境を不幸だと感じるのか。自分の現状に満足することは、そんなに簡単なことではない。仏陀のように悟りの境地にいかないと、無理だろう。ほとんどの人間は「エマ」なのだ。私たちは、みな、「エマ」なのだ。だからこんなに時間がたっても、フローベールの「ボヴァリー夫人」は読み続けられているのであろう。今後も何度も「ボヴァリー夫人」は映画化されていくのであろう。

ミア・ワシコウスカの寂しげな、根本的な「不幸顔」がエマにぴったりだった。チャールズと結婚してすぐに「これは私が修道院時代に夢見てきたバラ色の結婚生活とは別物だ!」と感じ、勝手に不幸な気持ちに陥る。そんな状態では、村の名士で女の扱いに慣れた感じのマルキ(と字幕で訳されていたが、Marquis だとしたら、「侯爵」という意味では?)に簡単に堕ちてしまう。そして、すぐに飽きられてしまう。若く美しいレオンも、最初はエマの信奉者だったが、エマの方が熱い気持ちになっていくと、やはり、「鬱陶しい」という表情になっていく。しまいには、レオンにも捨てられる。

救いようのない話である。救いようがない形相で、まるでミレイの「オフィーリア」のように森の中でこの世と別れを告げるエマ。エマが砒素を飲んで一人でこの世を去っていることも知らず、エマの不幸な人生の傍観者だった夫チャールズや村人は松明を持って森を探し回るところでこの映画は終わる。

ああ、もしエマに打首獄門同好会の「フローネル」を聞かせてあげることができたら!!最近ものすごく落ち込むことがあり、本当に、砒素でもあればくいっと飲んでしまいたい、くらいの精神状態だったが、そのとき、友人から「これを聞いてみたまえ。」と紹介されたのが打首獄門同好会の曲「フローネル」だった。疲れたら温かい風呂に入り、休日には一度目が覚めてもまた布団にもどって二度寝する。こんな単純なことが、実は幸福なことなんだ、と改めて気づかせてくれるような、ある意味哲学的な曲だった。冗談抜きに、救われた、この曲に。劇中のエマは、今視野がかなり狭くなっていて(そりゃそうだろう、借金もかなりの額だ。)、にっちもさっちもいかない状態になっているが、少し視線を他にずらすと、十分「人生って悪くない。」と気づけていたはずだ。ほんの少しの工夫次第で砒素を食らって森で死ぬのか、劇中のオメーのように人生をうまくスムーズに生きていくのかの差が出る。ああ、エマよ。amazonで打首獄門同好会を買ってくれ・・・

ところで、この作品の中で、エマの忠実なメイド、アンリエット役を、「ダウントン・アビー」では「上階」のイーディスを演じているローラ・カーマイケルが演じていたことに驚いた。「下階」の地味な役も上手だった。

圭子

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