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2019年5月

2019年5月27日 (月)

BUCK-TICK!獣たち!幕張メッセ!

5月26日の「ロクス・ソルスの獣たち」に行ってきました。何もかもがすごくて、語彙力に欠けますが、とにかく、「同じ時代をBUCK-TICKと生きることの感動」を痛いほど味わった2時間強でした。毎回、こんな感じ。ただ、「ちょっとでもすれ違っていたら、一生出会えなかった」はずなのに、運よく出会えて、そして人生を(よい意味で)狂わされた相手を拝み、そして、恍惚となり、そして、ふわふわして電車で帰る、という夢体験。(そしてその後何日間は夢見心地が続き、気持は天に浮遊し、「何もかも、許せる」ような寛大な気持ちが続く。)

「さくら」の際の桜吹雪は座席に残っていた分をもったいないので持って帰りました。

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そして、もったいないので、瓶に入れました。

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「桜の瓶詰」です。

個人的に大好きな曲が生で聞けて嬉しかった・・・ 「愛ノ 歌」とか、「BRAN-NEW LOVER」とか。そして、奇跡のアコースティック。曲がもともとよいから、アコースティックでもよい。まさか「BOY」をアコースティックで聞く日が来るとは。

ちょっと気絶しそうになったのは、「相変わらずの「アレ」のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり」です。スクリーンの中のあっちゃんの表情が・・・ もう言葉にならない。ただ、立ち尽くすしかない、という状態でした。

このバンドは、異常です。毎度毎度、最新の姿が一番カッコいいって、そんな生き方をしているあの5人に嫉妬すらします。

圭子

 

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2019年5月20日 (月)

おっきりこみ、食べてきました。

今日はガイドの仕事の後、渋谷のタワーレコードにて、BUCK-TICKカフェに行ってきました。精神的疲労の多い日で、昼間っからビール飲んできました。

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「スペシャルローカルパスタ」をいただきました。「おっきりこみ」って初めて食べました。山梨の「ほうとう」よりももっと幅広く、薄いような感じ。素朴なおいしさです。大根など野菜もたっぷり。おいしかったです。

カフェでいただいたビール(あっちゃん指名)は瓶を持って帰ってもOKとのこと。洗って保存。

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あれ、画像が横になってしまう。すみません。直せない!横でもあっちゃんのカッコよさはわかりますね?

カフェの入り口で店員さんに「ここはBUCK-TICKカフェですけど、大丈夫ですか?」って確認されてしまって、ちょっとショック。BUCK-TICKファンっぽくないからかな・・・私が年寄りだからかな・・・(今日は色んな意味で自虐的な精神モード。)ええ、大丈夫です、と丁重にお答えしました。今日は仕事の帰りなので、あまりBUCK-TICK感が高くない恰好だったからかな。ちなみに平日の午後、すぐ座れました。カウンターですが。

お店で「獣たちの夜」のフルバージョン見れてよかった。素晴らしい曲だ。

今週末は幕張です!

圭子

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2019年5月17日 (金)

京都の青もみじ

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東福寺の青もみじです。

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葵祭の準備を見かけました。

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先斗町の小路です。京都に行ってきました。

亮一

 

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2019年5月16日 (木)

京都のお菓子

亮一が京都に用事で行っていました。お土産のお菓子です。

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笹屋伊織のどら焼き。

いつ創業?

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享保元年って??

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うわああ。1716年。吉宗のころ・・・恐るべし、京都。これ見て、外国のお客様もびっくりかもしれませんね。

 

圭子

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2019年5月12日 (日)

南の島に行きました

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道端できれいな蝶が舞ってました。

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水量の多い千尋の滝です。

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アニメの世界のような景色です。

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H2ロケットの実物大模型です。

屋久島、種子島に行ってきました。亮一

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五月の花

 

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ひたち海浜公園のネモフィラです

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あしかがフラワーパークの大藤です。

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ノルンみなかみの水仙です。

毎年このような花を訪ねてます。亮一

 

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2019年5月 1日 (水)

遠藤ミチロウが亡くなってしまった。

新しい時代、「令和」が始まった。そんな中、私の青春時代から重要だった遠藤ミチロウさんが亡くなっていたことを知った。膵臓がんで4月25日に亡くなっていたそうだ。

「青春時代から重要だった」という日本語はあまりきれいではないが、実際、ミチロウの存在は重要だった。高校のころ、死なずに、生きれたのも、ミチロウの「ベトナム伝説」のおかげだったと思う。ああいう音楽が私を「こちら側」に引き留めてくれた。孤独だった田舎の高校生にとって、異端であり、そして過激であり、心を揺さぶる音楽は、水のように、空気のように、重要だった。今こうやって生きているのも、孤独で思い悩む高校のころ、死なずに、生き延びることができたから。生きることができたのは、「音楽達」が私を救ってくれたから。そんな音楽の中に、ミチロウはいた。

生きることは、人の屍の上を歩いていくようなことだ。私が今無事に生きることは、いろんな助けてくれた人(音楽)の屍の上を歩いていく、ということだ。人は死んでしまうけど、音楽はずっと生きている。

圭子

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