遠藤ミチロウが亡くなってしまった。
新しい時代、「令和」が始まった。そんな中、私の青春時代から重要だった遠藤ミチロウさんが亡くなっていたことを知った。膵臓がんで4月25日に亡くなっていたそうだ。
「青春時代から重要だった」という日本語はあまりきれいではないが、実際、ミチロウの存在は重要だった。高校のころ、死なずに、生きれたのも、ミチロウの「ベトナム伝説」のおかげだったと思う。ああいう音楽が私を「こちら側」に引き留めてくれた。孤独だった田舎の高校生にとって、異端であり、そして過激であり、心を揺さぶる音楽は、水のように、空気のように、重要だった。今こうやって生きているのも、孤独で思い悩む高校のころ、死なずに、生き延びることができたから。生きることができたのは、「音楽達」が私を救ってくれたから。そんな音楽の中に、ミチロウはいた。
生きることは、人の屍の上を歩いていくようなことだ。私が今無事に生きることは、いろんな助けてくれた人(音楽)の屍の上を歩いていく、ということだ。人は死んでしまうけど、音楽はずっと生きている。
圭子
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